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10月4日(金) 修学旅行自主研修班 東京から

 
 「学習院と秋山兄弟の接点や、様々な歴史を知ることができ、とても勉強になった。」と感想を書き残したのは、学習院の中等科3年生です。列島の秋、四国に修学旅行にやってき、一本釣り漁師の手ほどきで鰹のたたきを体験した土佐黒潮町から、3日目のこの日に伊予松山に移動。 4人ずつの班で自主的に決めたテーマと行動計画に沿って松山を探索し、その内4つの班が秋山兄弟生誕地を訪ねてきました。
 

[ 写真上 ] 最初に来たのは辛君が班長の左4人。その案内中、右4人の津崎君の班も合流

 [ 写真上 ] 半時後来訪した宝田君の班(左側4人)と右側小林君の班。学習院院長安倍能成―戦後初代院長として私立学校としての再生を成遂げたーは、秋山真之の松山中学で 16年後の後輩。

 
 昭和の戦前、安倍能成は京城帝国大学哲学科の教授を15年間務め、差別心を批判しつつ朝鮮文化を探究、朝鮮青年の教育に尽くしていました。――その間の昭和3年、郷里松山から、秋山好古校長の私立北予中学校が異文化体験のため朝鮮に修学旅行に来ました。

 今、生家の秋山校長コーナーには、その時の感想文を中学5年三好親夫が、校友会誌に次のように寄稿した個所があります。それを声に出して読む声に、学習院中学生は静かに耳を傾けていました。

 「 第七日、一行七十余名はつつがなく伊予の山々を眺め朝日の出る前、意気揚々として高浜港に上陸した。梅津寺浜を汽車が走るにつれて私は朝鮮を思い出した。朝鮮統治は一の他民族が日本と言う政治的有機体の中に入りたることによって、より幸福となったか否かの試験であって、我々が万一この意味において落第するならば、過去の帝国主義的立場―即ち日本のための朝鮮―としては是認されても、新しき政治原則―即ち朝鮮のための朝鮮―として容認されない。その意味に於いて朝鮮半島の統治は日本が世界の目前に於いて受けつつある、厳粛なる試験である。」 (『松山北高等学校 110 周年記念誌』所収「七星文選」)

 安倍能成や秋山好古(-大正半ばの1年、陸軍中将として朝鮮駐剳軍司令官の任を誠実に務めた)は、まさにこのような姿勢をもって韓国で仕事した日本人の一人でした。

 辛君の班は、このあと、安倍能成先生胸像(学習院のと同時に2体造られた)のある松山東高校を訪ねる計画をしていました。
 

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