最新ニュース
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ご来館の皆様の中から、ご了解を頂いた方を順次掲載しています。
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11月30日(火)呉地方総監海将・泉三省様ご一行
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眞之像の前で、制服姿も凛々しい方々が記念撮影をされました。
海上自衛隊呉地方総監海将・泉三省(いずみ・さんせい)様ご一行です。
泉海将(写真=前列右)は、四国地方視察の途中、忙しい時間をさいて
秋山兄弟生誕地に来られ、ビデオや生家内の展示資料をご覧になりました。
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11月21日(日)秋山好古の孫・秋山信三さんご夫妻
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秋山信三さんは、好古次男・次郎のお子さんで孫に当ります。
「祖父の幼名・信三郎から2字をもらいました。でも、子供のときは意識していませんでした。」と
笑っておられました。
ご夫妻は、好古騎馬像の前で記念撮影となりましたが、好古は「よう来たの」と優しく
見ているようでした。
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11月19日(金)子規会で講演「常盤会寄宿舎の創設の頃」
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子規会(松山市=会長・井出康夫)の第814回例会が11月19日開催され、
「常盤会寄宿舎の創設の頃」と題して、宇都宮良治常務理事が講演しました。
123年前の明治20年12月1日に、松山藩士子弟の東京進学を援助するために
創設された「常盤会寄宿舎」からは、正岡子規、勝田主計、河東碧梧桐など
幾多の有名人が育ち、また、秋山眞之や夏目漱石らの訪問や、3代目監督になった
秋山好古の寄宿舎に対する功績などについて、資料をもとに解説しました。
現在の「常盤学舎(東京都東久留米市)」は、この常盤会寄宿舎の
伝統を引き継いで、東京へ進学する学生の寮になっています。
明年度に「常盤学舎」へ入寮を希望される方は、
当財団のホームページ「常盤学舎について」でお問合せください。
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「子規会」 |
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事 務 局
年 会 費
例 会
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〒790-0023 松山市末広町16-3
正宗寺内 事務局長・宇和 宣
3,000円 振替口座01620-7-1868
毎月19日(子規命日)に、子規会会員が研究発表をする。
戦前から例会を開き、休んだのは終戦の年の8月だけという すごい会です。 |
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| △正宗寺で講演する宇都宮良治常務理事 |
11月15日(月)松山市立石井東小学校へ出前授業
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渡部康男・秋山兄弟生誕地主任研究員が11月15日、松山市立石井東小学校(越智1丁目)で、
松山市教育委員会より委嘱された「坂の上の雲」出前授業で、秋山兄弟と子規についての講話を
行ないました。
話を聞いた6年生155人の児童のなかから、
「 (1) 眞之は、バルチック艦隊を撃破するのに、どんな作戦を立てたのですか。
(2) 好古は、コサック騎兵にどんな戦いをしてのですか。
(3) 眞之と子規はどんな友達関係だったのです。
(4) 兄弟は外国へ留学していたので、語学は堪能だったのですか。」
などと、むつかしい質問もでました。
なかには、
「秋山兄弟は、仲が良かったのですね。私もお姉さんと仲良くしたいと思いました。」
と講師をホロリとさせる発言もありました。
渡部研究員は、講話を真面目に聞いた頂いた子供達に感謝の気持ちをもって、校門を出ました。
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| 講話をする渡部康男・秋山兄弟生誕地主任研究員 |
11月10日(水)松山市立南第二中学校から31人
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松山市の南、森松町から生誕地へ研修に来ていただきました。
同校は、愛媛県からスポーツ強化指定校になっており、男子レスリング部、
陸上競技部、最近では女子バスケットボール部が指定されています。
校訓として「創る」があげられ、そこから「考える、求める、鍛える」を育成
の指針とされています(同校ホームページより)。
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| △秋山兄弟のビデオと解説で研修 |
△眞之の胸像にさわり、「成績アップを誓う」生徒さん |
11月10日(水)松山北高校生400人が研修
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愛媛県立松山北高等学校の前身は、好古が陸軍大将を退役後、
校長を引き受けた「私立北予中学校」です。
校庭には、好古校長当時の木造の体育館(記念館)が今も使われており、
同窓会館の入り口には、好古校長の胸像や貴重な資料が展示されています。
毎年、1年生全員が「秋山兄弟生誕地」まで歩いて訪問され、兄弟のことを
研修しています。今年も、元気な生徒さんが大勢来館され、好古も喜んでいる
ことでしょう。
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11月4日(木)湯築小学校6年生16人
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松山市・湯築小学校6年生95人は9月13日、松山市教育委員会の「坂の上の雲」
出前授業で宇都宮常務理事の話を聞いています。
その内の16人が、上野先生に連れられて見学に来てくれました。
出迎えた宇都宮常務理事は、「歴史を学ぶときは、出来るだけ“生の一時資料”に
ふれましょう」といって、「秋山兄弟の父・久敬が編纂に参加した「松山藩歴史書」や
「日露戦争史」「同・陸上の戦闘図面」「秋山兄弟の伝記原本」を、見たり触ったりして
もらいました。
次に、「明治時代初期をまとめたパネル」を見たり、「眞之像」に触ったり、「生家」や
「好古像」前で記念撮影をしたりして、“2次資料”で歴史を体感。
北庭では、縁側に腰掛けて質問したりと、明るく元気な声が生誕地に響きました。
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11月4日(木)トルコで眞之の和タオルが大人気!
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当財団が経営する東京・学生寮「常盤学舎の舎監・増田忠彦氏夫人・増田政江さんが、
「日本トルコ友好親善120年記念―日本文化祭―参加の旅」で10月23日、トルコへ行き、
写真を送ってくれました。
120年前、日本を表敬訪問したトルコの軍艦「エルトゥールル号」が、1890年(明治23年)
9月16日夜8時頃、荒天のため、和歌山県串本町沖で沈没。600人が溺死。
日本国民は、朝野を挙げて義捐金を募って生存者と遺族に贈り、生存者79人を軍艦「比叡」と
「金剛」に乗せて、丁重にトルコに送り帰えしましたが、その「比叡」に、海軍兵学校を同年7月に首席
で卒業した若き海軍士官・秋山眞之が乗艦していました。
それにちなんで、増田政江さんが秋山兄弟生誕地で販売している眞之の「熟慮断行」の和タオル
をお土産に持参したところ、トルコでは大人気でした。
増田さんによると、
「トルコの人は、白い布に黒い字が書いてあるのが珍しく、眞之の名前とともに、美しいデザインだ、
と大変な人気でした」。
さらに、
「偉い役人に、“熟慮断行”の意味を通訳したら、『オー、ワタシの人生の指針にシマス』」と喜んだそうです。
“もう一つの友好親善の話”
今度はトルコが、イラン・イラク戦争で空港に孤立した日本人家族全員を、生命の
危険を顧みず、航空機を2機とばして全員を救助して、無事、日本に送り返してくれました。
トルコ国民は、100年前の「恩」を忘れていなかったのです。
(トルコへ行きたくなりましたね。熟慮断行?!)
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△田中駐トルコ大使の開会挨拶
(田中大使にも和タオルを贈呈) |
△眞之の和タオルをスカーフにした
「グルング・クトゥル」さん(眞之も幸せ?) |
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△和タオルを何時も頭に巻いていた
通訳の「オカン」君(大学生) |
△増田政江さんと「オカン」君が友好のサイン |
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| △会場の日本店に飾られた眞之の字 |