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最新ニュース
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ご来館の皆様の中から、ご了解を頂いた方を順次掲載しています。
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4月30日(木)
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陸上自衛隊第十四旅団長「鈴木義長」陸将補(香川県善通寺市)ご夫妻が来館いただきました。
是非、善通寺へお越し下さいと仰っていただきました。
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4月29日(水)
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眞之が14歳の頃の話である。近所の士族桜井家( この家から桜井眞清海軍少将が出る )に伝わっていた岩戸流・宇佐美流の『煙火伝書』という煙火製造・火薬調合法を書いた書物と直径2、3寸くらいの花火筒を発見した眞之と桜井瀞(眞清の兄)らは相談し、早速花火の製造にとりかかった。眞之は火薬を計ってそれを薬研でおろして調合し、花火筒に詰め込んで、近くの野原で打ち上げると、ドーンと凄い音がして花火が開いた。眞之たちはとても痛快と感じた。次は眞之手製の吊火装置のしてある花火筒を、野原で上げてみた。ドーンと打ち上げの音、パーンと開くと、風船に釣られた流星がふわりと空を流れていった。腕白少年たちは一斉に喚声をあげて喜んだ。
危険物の火薬を使ってする子供の花火遊びは、警察の取り締まりにひっかかった。ドーンと音がすると巡査がとんできて「こらあっ」と子供を追いかけた。これが子供達には、怖いながらも面白さをさそった。眞之は後世名参謀となっただけのことはあって、花火の打ち上げ、取り締まり巡査への対応など、細かな作戦を練って子供達にそれぞれ役割部署を指示した。後海軍少将になった桜井眞清は当時8歳の子で、火薬箱を持って逃げる役を命ぜられ、「もし巡査から追いかけられたら、この箱をごぼう畑へほり込んで、身軽になって逃げろ」と言われた。 ごぼう畑は物を隠すに格好の場所だった。巡査を警戒する子供、花火打ち上げを手伝う子供、それぞれの部署を定めて、花火を打ち上げた。すぐ巡査がやって来て子供達は一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったが、大将の眞之と桜井は巡査につかまった。桜井家に連れていかれた眞之は、巡査の取り調べに対して、次のように答えた。「私は花火を見に行っただけです」「見に行っただけなら、なぜ逃げたのか」「巡査さんが追いかけて来るから逃げたんです」「逃げたのは、お前らがやっていたんだろう」「私がやったという証拠がありますか」という問答でけりがつかず、最後まで自分はやらないとつっぱり通した。巡査はあきらめて、桜井氏の父親にきびしく「子供さんに危ないことをしないよう、よく言って聞かせてほしい」「はい、よく言って聞かせます。どうもすみませんでした」で、どうやらけりがついた。この花火打ち上げ一件にみられる少年眞之に、後世の大戦術家の片鱗がうかがわれる。
本日、桜井眞清少将のお孫様ご一家が東京から秋山邸に来られました。偉大な眞之先輩の指導を受け立派な人生を送る事が出来たのではと仰っていました。
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4月28日(火)
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松山東高校1年男女生徒40名が見学。(写真下)
同校は平成21年度最初の自由研究にて、1年生男女40名が先生に引率されて熱心に見学されました。
武道場にて、宇都宮常務理事の大先輩から秋山兄弟の功績や生き様の説明を聞き感動されていました。
また、表に出て、眞之の胸像を触って、大先輩に学力向上を祈願されていました。
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4月24日(金)
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大阪府和泉市より「和泉南かんぽ友の会」団体客23名来館されました。
大勢のお客様で会場は盛り上がりました。
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4月22日(水) 横須賀市「蒲谷亮一」市長が来館。
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横須賀市と松山市はNHkの「坂の上の雲」ドラマのロケ地として宣伝PRを提携するため
来松されました。
秋山兄弟生誕地にも来館され、お互い忙しくなりますが頑張りましょうと激励を賜りました。
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